黙して隠された敵意は、公然と言われた敵意より恐れられるものだ。

黙して隠された敵意は、公然と言われた敵意より恐れられるものだ。』

                             Cicero

共和政ローマ期の政治家、文筆家、哲学者であるキケロの言葉です。原文がないのが残念!
世の中には色々な人がいます。そして、世の中の事件事故トラブルのほとんどは人がつくっています。
以前、あるベテランの弁護士さんから教えられた言葉(?)があって、それは「どうしようもない人」というのがいるということ。
 
人には作られた笑顔や不自然な行動や言動に感じ、その相手に不信感を持つという話を友人したことがあります。
 
なぜか、どうしてもこの人の笑顔が嘘くさくて信用できない感じがするといったカンみたいのが人の本能として働くようです。
 
ただの気のせいであればそれで良いのですが、私の近くにも私に対しての敵意のような意識を持つ人がいたので、その話は他人事ではなかったのです。
所謂、隠された敵意(無意識の敵意)ですね。
私の近くにいる敵意をもっている人は同時に依存心をも持ち合わせていました。
具体的にいえば、私について賛辞を述べるのですが、所々うさん臭さがあり、人とちょっと違うことやちょっとした行動に対して、第三者や周囲の人間を叱咤したりしました。こういう行動は敵意の転換の現れですね。
 
演劇の世界にはよくある話ではありますが、こと自分の近しい人間がそうであると自分の安全が危なくなってきます。
どうこうした事件とはいかないですが、沢山の時間をその人と接っすることに費やすことになってしまいますし、そういった人との付き合いはとにかくエネルギーを無駄に消耗します。
 
では、どうすればいいのか。
 
逃げるしかないです。
 
おそらく、その人はとても弱い人間です。そして、その人の中には他人が誰もいません。
言い方を変えれば他人がすべて敵なんですね。
それでいて、依存心が強い。
かわいそうですが、自分の弱さは自分で変えていかなければならない。
変えられるのは本人だけですから、私たちにはどうすることも出来ません。
ただ、自分の経験上そういった人と一緒にいて決して幸せにはなれません。
 
世の中に、「どうしようもない人」はいるんです。
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