胃の存在が否が応でも知らされるのは、、、

『胃の存在が否が応でも知らされるのは、胃の調子が悪い時であり、自分に歯があると気づくのも、歯が痛いときでしかない。
ふだんはあっても無くても別段かまわないような、小指の存在の大切さは、その小指に怪我をして、顔一つ洗うのにも不自由する時に、はじめてわかるものなのだ。
言葉を換えていえば、そのものを忘れていられる時は、健康な証拠なのだ。』
                               渡辺和子
ノートルダム清心学園学長の渡辺和子さんの言葉です。
 
 
今回の個展開催中、私は急性気管支炎にかかり、声がほとんど出ませんでした。そのせいで、せっかく来ていただいた皆さまにきちんとご挨拶できず、自分に対しての悔しさと、皆さまに対しての申し訳なさに辟易しました。
…唯一の心残りでした。夜遅くまで準備していたのが、悪かったのだろうか、前夜遅くまでお酒飲んでいたのが悪かったのだろうか。
普段から健康には気遣っているつもりでも、ここぞというときにどこか爪が甘かったのだろうと思います。
持っているものが両手にいっぱいであれば、いざ欲しいモノが目の前にあっても手にすることが出来ません。
みんな自分の持っている時間は有限です。
どこに投資するかでその人の欲しいものにめぐり合うものだと思います。
けれど、健康は皆等しく必要なモノだということを私はどこかで忘れていたのでしょう。
もっと自分に対しての甘えを引き締める良い機会なのかもしれません。
 
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