目的を忘れることは、愚かな人間にもっともありがちなことだ。

『To forget one’s purpose is the commonest form of stupidity.』

                              Friedrich Nietzsche

ドイツの哲学者、古典文献学者フリードリヒ・ニーチェさんの言葉です。
3/10のブログで、『人生の目的は、目的のある人生を送ることだ。』という題名で書きました。
今回はその目的を忘れるということはどんなときかなってことを思いながら書いてみようと思います。
 
★自分の生活が忙しくてそこに意識がいってしまう。
★別の誘惑・快楽・娯楽に夢中になってしまう。
★目的に対して限界を感じてしまった。
★目的の先が見えた時、虚しさを感じた。
★他に何か大きな悲しみを抱えた時。
★他に何か大きな恐怖を感じた時。
 
 
どこにも目を奪われず一心不乱に事を成し遂げる人はいるとは思いますが、
そこはやはり人間、つい気が抜けてよそ見してしまうときもあります。
 
そして一番つらいのは目的の先に限界や虚しさを感じた時ではないでしょうか。
だってそれだけ人生の時間と労力を使って(いわば自分全てを使って)いると考えるととてもつらいです。
 
目的を持つのは良いコトです。ただ、言いたいのは…
 
目的を持つのが目的になって欲しくないなということです。
生きてると人生の分かれ道なんていっぱいあります。
もしかしたら、あの時こうしてればよかったなんてことあるかと思いますが、
私は、その時その時に自分の後悔のない選択ができるのが、人生の困難に対して柔軟に対応できる、所謂、生き残れる人になれたらいいなと思います。
 
だから必ずしも目的を忘れるが愚かとは思いません。
むしろ回り道したからこそ目的に近づいたなんてこともあるかもしれません。
必ずこうやれば目的に到着する保障なんてないんです。
 
 
ただし、うっかり忘れたなら必ず思い出すことは必要だと思いますけどね。
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