物で溢れた豊かな国は、(食べ物の確保の)その上を行かなくては幸せにはなれません。・・・

『物で溢れた豊かな国は、(食べ物の確保の)その上を行かなくては幸せにはなれません。心を遣って自分なりの幸せを探さなくてはならない』

日本の心理学者河合隼雄さんの言葉です。

本当にもので溢れた生活が当たり前になっている時代ですね。今の日本は。

 

例えば、平成25年度末、情報通信機器の普及が「携帯電話(スマホ含む)・PHS」と「パソコン」の世帯普及率が、それぞれ94.8%と81.7%となっているそうです。
その内、スマートフォンは62.6%と過半数を超えています。
 
※総務省HPより情報抜粋
 
これからも分かるように、殆どの人が何らかの通信機器を所持しているのが当たり前になっているんです。
まぁ、便利なんで私も使っているのですが(-_-;)
 
そして食に関してもそう、多少語弊はあるかもしれませんが、ほとんどの人があらかた好きな時に好きなものを食べられるという飽和状況です。
ただ、それが悪いとは言いません。
食べられるということは世界中の貧困難民者と比べても、比較的とても安全な居場所、将来的に見て全て安全とは言い難いまでも食べ物にありつけるのはとても幸せなことです。
だからこそ、集団の生活から個々の生活にシフトできる時代になったと思います。
そうなれば集団(組織に有り勝ちな)幸せの価値観も、個人の価値観にシフトすることになるのは必然です。
 
 
この間、還暦を過ぎた母とも少しそういう話をしたのですが、「今はもう量より質だね」と言っていました。
問題は、この【質】の基準はどこにあるかということなんです。
 
当然、以前からこのブログでも言っている何を選ぶかということにここでも繋がってきました。
 
見えない「心を遣って自分なりの幸せを」って中々難しいとは思いますが、年齢を重ねるごとに、自分の経験を重ねるごとに変化していく自分だけの幸せの質を見極めてみたらどうでしょうか。
 
201638111157.jpg
ページトップへ戻る