人生は公平ではない。そのことに慣れよう。

『Life is not fair; get used to it.』

              Bill Gates

マイクロソフト社共同創業者であるビル・ゲイツさんの言葉です。

世間では公立の小学校や中学校で一部で、習熟度別指導や習熟度別クラス編成などで、(習熟の遅い・習熟の早い)グループに分けての指導が導入され増えているみたいですね。

文部科学省の調査によると、国語よりも算数・数学、習熟の早いグループよりも習熟の遅いグループに習熟度別・少人数指導により多く時間を費やしているようです。

おそらく、学習能力の並列化というところでしょうか。

ただ、習熟度別指導っていうと、やはり実力社会という印象があります。それを、小学校中学校の義務教育期間で行うのは賛否両論がありましたね。

私の意見としては、賛成です。

メリットとしては、やはり授業が理解しやすいということが最大の理由でしょうか。

否定する人の意見で良く言われるのが、「生徒が(理解するのを)諦めてしまう」「習熟の早いグループのクラスで安心してしまう」「下位にされた子に劣等感を抱くのではないか」「子供同士で派閥が出来るのではないか」など色々出来てきます。

まだ理解できていないのにカリキュラムがどんどん進んで、のちに落ちこぼれとして追試や居残り授業を受ける方がよほど惨めで劣等感を受けるし、能力別に指導した方が能力の並列化に役に立てると思うんですね。

今までの平均化されたクラス編成の中ではもともと子供同士の派閥もあり、一説によると知能指数は15違うと話が合わないとも言われているようです。

そもそも、年齢で分けているのもおかしいと思う部分もあります。入学する基準年齢は今までと同じでも良いと思いますが、そこから先の成長は皆違うのですから教科ごとに習熟度別クラス編成という形でも良いのではないでしょうか。

例えば、10才の子でも算数の成績が良ければ(算数6年生クラス)、国語が苦手であれば(国語3年生クラス)とか。

年齢に応じてではなく、本当の自身の能力に応じてという感で。

当然年齢なんて関係ないのでどっちが年上だから偉いとか言うことはないでしょうし、確かに苦手なものには苦手意識は付きます、それでも自分の得意不得意が理解でき、習熟の早いグループだからと安心しきってしまうということもないでしょう。

そこから、自分の勉強カリキュラムを先生と相談しながら進めていくという自主性も養われば尚良いと思います。

公平ではないことが必ずしも悪いことではないのです。

 

が、おそらく、私のこの考えもデメリットもあるし、大きな障害はあるかと思います。

ただ、同じ年齢を集合させたところで成長度の時点で皆違うのですし、基準は皆違うということを当たり前としていけたら、公平ではないことが必ずしも悪いことではないと理解出来るのではないでしょうか。

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