えこひいきは、それに応えうる人間でありたいという気持ちを起こさせるところに利点がある。

19世紀フランスの作家、文芸サロン最後の女王、新聞王エミール・ド・ジラルダンの夫人の言葉です。

原文がなかったのがすごく残念ですが、今度また探してみます。

この「えこひいき」(依怙贔屓)というテーマにすごく興味があったので、ここに書かせていただきます。

皆さんは「えこひいき」に対してどのようなイメージを持っていますか?もしくはどのような印象がありますか?

特に子供の頃は兄弟間や学校や習い事の場でえこひいきに感じているなんてことザラにあるかと思います。

特に女性は平等に扱われるということにことさら敏感になりやすい生き物です。

ただ、色々経験していて、この言葉には2種類のちょっと違うニュアンスがあるのを感じました。

それを言う前に、まず言葉の意味から。

 

えこひいきとは、「自分の気に入った者だけを特別に可愛がったり、肩を持つこと。」

ひいきとは、「気に入った人を特に可愛がったり、引き立てること。」

と語源由来辞典にありました。

 

ただ、語源・由来を要約すると、依怙贔屓とは

依怙→「頼ること」「頼りにするもの」であり、中世頃からは「頼りとする者を支援する」

贔屓→「特定の人を助けるために力を入れたり、目をかける」

とありました。(同じく語源由来辞典より)

 

前者は言葉の通り、主観的な価値観で対象となる相手を勝手に気に入り可愛がったり、引き立てたりするような意味ですね。

後者は「頼る」これを私の見識では「相手に対して何かしらの可能性や期待を見出し、成長させようと目をかけ育てる行為」のような意味にとれます。

 

私の中では、この前者と後者の意味は全然違うものになります。

今の日本では平等精神がありそれはそれでとても良いのですが、社会に出ればそれは通用しません。

才能や運や努力の量だけ頑張っている様々な人が皆同じというのは逆に不平等です。

 

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多かれ少なかれ誰しもが自己中心的です。特に自分の存在意義に関してとても貪欲です。しかしそれは人の性みたいなものです。

そこを満たすことこそ心の満足、しあわせの一部に繋がるのではないかと私は考えます。

えこひいきってとても悪いイメージがあるのですが、人をうまく導くということだと捉えたなら全く正反対の意味に変わります。

言葉は表裏一体。

使う人間によって善にも悪にもなる。

どちらにしろ心が決める。

みんながWIN-WINを築ける方法が一番です。

 

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