雨上がりの追憶~エピローグ~

通話を終えた僕は、再度レコードで音楽をかけ直し、窓の外を眺める。
雨上がりのやわらかな日差しに目を細める。
ふと我に返り、タブレットを開いてみる。
何事もなかったかのように正常に起動している。
あれは何だったのだろうか。。。
ただただ僕の心は静かで落ち着いている。

“疲れてたのかな、僕は…”

独り言のようにつぶやいた。
これからもたまには、アナログレコードでも聴きながら休むことをしよう。
あの三毛猫はそれを僕に伝えたかった彼女なのかもしれない。
…なんてな。

 

〈終〉

雨上がりの追憶part3

これは昔、彼女が好きだったジャズのレコードだ。

“にゃあ゛あ゛あ゛~…”

“あ、出てきた。”

何事もなかったかのように本棚の中から出てきた三毛猫はレコード盤の端っこに顔をこすりつけて機嫌よさそうだ。

“私、針を回転するレコード盤に乗せる瞬間が好きなの。”

ふと、彼女の言葉を思い出した。

“久しぶりにかけてみるか”

ホコリを被ったレコードデッキの蓋を開けて、スイッチを入れ、回転するレコード盤に針を置いた。
パチパチと音をたててからしばらくすると小気味良いジャズの音楽な流れる。
その流れに身をまかせながら入れなおしたコーヒーを手にソファーに座ると、三毛猫がまたひざに乗ってきた。
猫の背中を撫でながら目を閉じる。
音楽を聴きながらコーヒーをたしなむなんて何年ぶりだろうか。
彼女に振られてからはずっと仕事に打ち込んでいた。
本当に辛かった。
何の前触れもなく別れを切り出された。
仕事が無かったら心が押しつぶされていたのかもしれない。
平日は朝から終電まで働いた。
休日は経済ニュースをチェックし、出来る限りの資格試験の勉強に打ち込んだ。
休まる時なんて本当になかったんだ。
まさかこんな風に穏やかな時間を過ごすなんて思ってもみなかった。

“にゃあ゛あ゛あ゛~…”

おまえのおかげなのかな。
静かに時が流れていた。
再び目が覚めた時には音楽が鳴りやんでいて、僕のひざ上に丸くなっていたはずの三毛猫の姿はなかった。
どのくらいの時間が流れていたのだろうか。
いつの間にか眠りこけていた。

猫はどこに行ったんだろうか。
部屋中を探したがどこにもいなかった。
窓を開けると雨がやんで少し晴れ間が見えていた。

“いつやんだのだろう?”

ボーっとそんなことを考えていると、不意に着信音が鳴り出した。
知らない番号だったが、出てみると別れた彼女の母親からだった。
そこで僕は先日彼女が亡くなったことを知った。
不思議なことに心は落ち着いていた。
あの三毛猫のおかげかもしれない。
レコードからジャズを聴き、コーヒーを片手にソファーでくつろぐことは昔彼女とよくやっていたことだった。
彼女は「いつかネコを飼いたいな」とよく言っていた。
僕はあまり猫は好きではなかったが、あの三毛猫とは珍しく相性が良かったのかもしれない。
電話口で彼女の母は、僕と別れた後の彼女の事を教えてくれた。
彼女が末期ガンを患っていたこと、そして僕の将来に事を思い別れを選んだこと、本音では僕に会いたいけれど、やせ細った弱々しい姿を見られたくないこと、そしてそれらを口止めされていたことを。

“あいつらしいですね…”

“…そうですね。”

涙声で話す彼女の母親はどこか懐かしそうだった。

 

〈続く〉

雨上がりの追憶part2

猫の世話に関しては僕は完全に素人だった。
この三毛猫の体は大して汚れていない、弱々しいが具合が悪い訳ではなさそうだ。
まず、水を用意し、バスタオルで寝床を作った。
念のため、手元にあった段ボール箱に新聞紙をくしゃくしゃに丸めたものを敷き詰めた自作のネコトイレを作った。
これでいっかと、僕はパソコンの電源を入れた。
こいつがダメならやはりカスタマーセンターへ電話だ。
起動させたパソコン画面は正常、そこから株価ボードへ…。
おいおい、お前かよ…
保護したばかりの三毛猫がいつの間にかパソコンの上に寝そべってきた。
猫という生き物はよく主人の仕事の邪魔をするとはよく聞くけど、僕はおまえの主人じゃないぞ。
…かといって無理にどかすのも気が引ける。
もう一度タブレット端末を起動。例の株価ボードを映そうとするとまた画面がゆがむ。
これはいよいよカスタマーセンターか。
思い切って電話する。

“おかけになった電話は現在込み合っております”

機械的な音声が流れた。

“時間をおいてもう一度おかけ直し下さい。”

これ、イライラするやつだ。
はぁ…とため息が出た。

“にゃあ゛あ゛あ゛~…”

気づいたら、三毛猫が僕のひざの上に登っていた。
体の力が抜ける気がした。
おまえの勝ちだ。とことん付き合ってやるよ。
そっと三毛猫の頭を撫でてみる。自分でもぎこちなく感じる。
反対に三毛猫の方は気持ちよさげに目を細める。
少しゴワゴワした手触りだが、案外悪くない。
こうやって撫でていると仕事の緊張感が薄れるもんだな。
自分がどれだけ気を張っていたのかが分かる。
暫く撫でていると、三毛猫は急に僕のひざから飛び降り、本棚の中に潜り込んだ。

“お、おいおい…”

あまりの突然の行動に若干戸惑った。
猫ってこういうことを突然やるものなのか⁉

“こらこら、出てこい。”
“おーい”

本棚の隙間に手を入れたり覗いたりしながら三毛猫を探す。
一つ一つ本を出し入れしていくと、一枚のレコード盤が出てきた。

 

〈続く〉

雨上がりの追憶part1

澄み切った冷気の中、僕は目を覚ました。
ボーっとした頭をハッキリさせるため、気に入っているコーヒーメーカーをセットする。
そう、半年前に一目惚れで購入したやつだ。
スイッチを入れ、しばらくすると部屋中にコーヒーの良いにおいがしてきた。朝7時、窓の外がまだ薄暗い感じだったので窓を開けてみると、なるほど雨がしとしと降っていた。
雨は元々好きではない。
普段着ているスーツのズボンの裾が濡れるし、全体的に少し湿り気を感じることが嫌なんだ。
だが、幸か不幸か今日は休日。
たまには家でゆっくり過ごすか。
ブラックに黒砂糖をスプーンで2杯。
いつも通り、自分好みのコーヒーを淹れ、ソファーにどっかりくつろぎ、タブレット端末を手に取った。
仕事柄、つい癖で株価ボードをチェックする。
先物チャートを見ていると不意に画面がゆがみだす。

“なんだ???”

何度も画面をタップしたり、再起動もしたが一向に元に戻らない。

“まさかハッキング⁉”

焦る気持ちを抑え、プロバイダ会社のカスタマーセンターへ電話をしようとスマホを手にした時、

“にゃあ゛あ゛あ゛~…”

控え目に言ってもかなりのダミ声が外からかすかに聞こえたような気がした。

“…ネコか?”

たしかにここはマンションの1階だ。ベランダに動物が迷い込んでも不思議じゃない。
ただ、窓を開け、ベランダを見回してもネコの姿はない。
けれど、まだかすかにあのダミ声

“にゃあ゛あ゛あ゛~”

が聞こえる。
まさかと思い、外から回り込んでベランダの下を覗き込んだ。
……いた。
ずんぐりと丸いボディ、黒白茶三色のまだら模様、紛れもなく三毛猫だった。ただ、僕と目が合ったその猫は弱々しく見えた。
このマンションはペット不可だが、こいつは元々飼い猫かもしれない。
取り敢えず家の中に一時的に保護することにした。

 

〈続く〉

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